弟との最期の飲み会──長男としての責任と、兄としての後悔
◼️はじめに
気づけば、あの日からずいぶん時間が経った。けれど今でも、夜の静けさの中でふと耳を澄ますと、弟の笑い声や「兄者」と呼ぶ声が、どこか遠くで聞こえる気がする。
家族と過ごした時間、仕事に追われた日々、そして“兄”としての責任を優先してきた自分。そのどれもが間違いではなかったと思う。けれど、「正しさ」ばかりを選んできた私は、気づかぬうちに“本当に守るべきもの”を見失っていたのかもしれない。
この物語は、弟の「左耳が聞こえなくなった日」から始まる、私自身への“もうひとつの問い”です。大切な人との時間をどう生きるか。言葉にできなかった思いを、今ここに記しておきたいと思います。
■鹿児島から福岡へ、兄弟の再会
大学を卒業して鹿児島で就職した私は、入社3年目で福岡営業所へ異動になった。その後、6年勤めた会社を退職し、今の職場に転職した頃、弟も奈良から福岡へと移り住むことになった。
鹿児島の実家にいた頃から仲は良く、弟はいつも私のことを「兄者」と呼び、慕ってくれていた。母は鹿児島に残り、離れて暮らす弟のことをいつも心配していた。だから私は、福岡で弟と飲んだあとは必ず母に連絡し、「元気にやってるよ」と報告していた。それが、長男として母を安心させる、私なりの役目だった。
■楽しかった時間と、酒の影
福岡で再び一緒になってから、私たちは定期的に飲み会を開くようになった。仕事の愚痴を言い合い、昔話で笑い合い、時には将来のことを真面目に語り合う。だが、楽しい時間の裏で、私の“酒癖”が少しずつ歪みを生んでいった。
一次会では問題ない。だが、二次会のカラオケで飲み放題になると、私はつい飲みすぎ、感情が溢れ出す。長男として「弟を楽しませたい」という思いと、「弱みを見せられない」という思いが入り混じり、時に弟に強く当たってしまうことがあった。
■弟の異変──「左耳が聞こえにくい」
ある日、久しぶりに飲みに行った時、弟がこう言った。「最近さ、左耳が水に浸かったみたいに聞こえにくいんだよね」。その言葉を聞いた瞬間、胸がざわついた。
「病院に行った方がいいんじゃないか?」そう言おうとしても、どこかで言葉を飲み込んでしまった。あのとき、強く背中を押せていれば――今でもそう思う。

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